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ボロやのしゅんじゅう
ボロ家の春秋
梅崎 春生
線上閱讀梅崎 春生《ボロ家の春秋(ボロやのしゅんじゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 頁
て来るのだ。俺は布団の中で眼を堅く閉じ、瞼の裏に咲乱れる眼花をじっと追っていた。
プチプチという幽かな音が聞えるのだ。何かを舐めるような音だ、執拗に耳について離れない。蒲団から顔を出して俺は怒鳴った。
――何を舐めてんだ。
――何も舐めてなんかいないわよ。
女房の声が答えた。音は止まない。俺はついにむっくり床の上に起き直った。
――あの音は何だ。
女房も針を休めて、俺と一緒に耳を澄ました。音は床の間の方らしい。注意深く音を探りながら、俺は身体をそちらにずらした。
蜆が鳴いていたのだ。
蜆が鳴くことをお前は知っているか。俺は知らなかった。俺は驚いた。リュックの中で何千という蜆が押合いへし合いしながら、そして幽かにプチプチと啼いていたのだよ。耳をリュックに近づけ、俺はその啼声にじっと聞入っていた。それは淋しい声だった。気も滅入るような陰気な音だった。肩が冷えて来て慄えが始まったけれども、俺は耳を離さなかった。そして考えていたのだ。俺が何時も今まで自分に言い聞かしていたことは何だろう。善いことを念願せよ。惜しみなく人に与えよ。俺は本気でそれを信じて来たのか。