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ボロやのしゅんじゅう

ボロ家の春秋

梅崎 春生

線上閱讀梅崎 春生《ボロ家の春秋(ボロやのしゅんじゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 頁

青空文庫

「僕かい? 僕はね――」

猿沢はそこでふいに言葉を切り、自分の徳利をちょっと振ってみて、ずるそうににやりと笑いました。なにか魂胆ありげな表情なのです。そして奥へ顔をむけ、いやらしい猫撫で声を出して、久美子に呼びかけました。

「お久美ちゃん。お銚子をどうぞもう一本」

「はい」

返事をして調理場に入ってゆく久美子の後姿を、猿沢の眼がじっと追っていました。なんだか妙に粘っこい眼付だと、蟹江はすこし厭な気持になりました。厭な気持になる理由が少しはあったのです。そして思わず、ぐふんと鼻を鳴らしました。すると猿沢は急に顔をこちらにむけ、まるで怒ったみたいな表情になり、押しつけるような低声でささやきました。

「君はお久美が好きなんだろ。え、蟹江君」

ちゃんとこちらの名前も知っているのです。蟹江の肩はぴくりと動き、見る見る顔がまっかになりました。それはまったく図星だったからです。すると猿沢はにやりと顔をくずし、押っかぶせるように、わけの判らないことを言いました。

「それじゃ彼女も、二者択一というわけだ」

「それでさっきのメチルのことは――」

蟹江はすっかりどぎまぎして、こんなとんちんかんなことを言いました。