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リギさんじょうのいちや

リギ山上の一夜

斎藤 茂吉

線上閱讀斎藤 茂吉《リギ山上の一夜(リギさんじょうのいちや)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 6,621 字 · 14 頁

青空文庫

それから生れ故郷の誰彼に便りを書こうとしたが、ただ独逸にいる一人の友に絵ハガキ一枚書いたに過ぎなかった。

差向き僕らは体の疲を休めようと欲してサロンを辞した。そして廊下で一人の女中に通り過がったが、その女中は僕らに会釈をして通って行った。さらに部屋に帰って見れば、「籠る感じ」である。邪魔するもののない気安さと落付があるに相違ないから、ふたりは突慳に相争うようなことはなかった。けれども今此処を領している静寂はついに二人に情感の渦を起させることがない。ふたりは暫らく無言で部屋のなかにいたけれども、僕は今度は服を脱して床のなかにもぐり込んだ。

そうすると床のなかに湯婆が入れてあった。「おや湯婆が這入っているぜ。……やっぱり山中は何か工合のいいところがあるな」そんなことを僕がいって、足で触ってみると民顕あたりの湯婆とは感じが違うから、引出すと徳利のような恰好をした湯婆であった。

「あたしの方にも入れてあるかしら」

「あら、やっぱし入れてあるわ」

「これはまた妙ね。お酒か何かの入物じゃないの」

「そうだわ。此処に何か号があるんじゃないの。これはまた妙ね」

僕の妻はそんなことをいいいい、徳利のような湯婆を元に戻して、それから何かしている様子であったが、自分の床に這入って行った。