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いちのくらさわ

一の倉沢

久生 十蘭

線上閱讀久生 十蘭《一の倉沢(いちのくらさわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 6,237 字 · 13 頁

青空文庫

長い一日を椅子にかけ、なんということもなく要領だけで一日一日を胡魔化してきたが、肝臓の痛みも、神経痛も、指先の衰えも、老衰のせいではなくて、無為と怠惰による覿面のむくいなのであった。

女子職員が、課長がお呼びですといいにきた。菱苅は弁当殻の始末をして机の曳出しに放りこむと、沈んだ顔で課長室へ行った。

「菱苅君、私用で長距離電話なんか掛けちゃ困るね」

「伜が山で遭難しましたので、状況をたしかめたいと思って」

「正午のニュースで聞いたが、それは理由にはならない」

「料金はお払いします」

「おれは料金のことを言っているんじゃないよ」

「申し訳ありません……それで、むこうへ出掛けなくてはなりませんのですが、今日の早退けと、明日一日、休暇をおねがいしたいのです」

「やむを得んだろうな」

「ありがとうございます。それから……」

「金のことなら会計にいってくれ」

退職資金の先渡しが三万円、保険の積立から二万円、給料の前借が一万円……ねばりにねばって六万円の借りだしに成功したときは、もう一時をすぎていた。

二十三時五十分の上越線廻り新潟行というのがあるが、それだと翌朝の五時三分に土合に着く。