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ふこう

不幸

梶井 基次郎

線上閱讀梶井 基次郎《不幸(ふこう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 4,060 字 · 8 頁

青空文庫

黒い影がそこらあたりを匍うのは大方鼠が跳梁しはじめたのだろう。

彼女が出て行って十分ほど立った時は、その部屋は前のようではなかった。

五十くらいに見える、頭の禿げ上った、人のよさそうな男が、酒の臭いを部屋中に籠らせながらそこに座っていた。彼の目は普通の光を帯びていなかった。そこには思慮も、知慧もなかった。どこか空虚な、本当のものがなくなっているような眼付きであった。

彼の前には折箱の蓋があけておかれてあった。酒の二合壜が横になっていた。それは空だったが彼の前の茶椀にはその黄金色の液がなみなみと注がれたままになっていた。

洋燈の光が強くなっていた。その出し過ぎた心の右の端が高くなっていて、火屋に黒い油煙をつけていた。その燃えている様がちょうど狂人の濁ってしかも真紅な動乱した心をあらわしているようだった。

その部屋にはもう神秘な影はなかった。一種凄い殺伐な空気が、酔どれの心臓のように波打っていた。

彼は嚏をした。そして傍にあった一升徳利を引き寄せると、重さでぶるぶる手を震わせながら茶椀の中へ注ぎ込んだ。

(第二稿 大正十一年)

(第三稿 大正十二年)