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『ケプロン・くろだのこうそう』について

中谷宇吉郎集 第八巻

中谷 宇吉郎

線上閱讀中谷 宇吉郎《中谷宇吉郎集 第八巻(『ケプロン・くろだのこうそう』について)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 85,890 字 · 178 頁

青空文庫

それで専門教師を三名アメリカから招聘し、そのうちの一人に教頭の任を兼ねさせることにした。そして、ケプロンが去った年、明治八年(一八七五年)に外務省から駐米日本公使に、適任者の選定を依頼した。公使はその推薦を、当時の米国教育界の第一人者であったB・C・ノースルップに頼んだ。

ところが、ノースルップが推薦したのは、これも驚くべき話であるが、マサチュセッツ州立農科大学の学長ウィリアム・スミス・クラーク博士であった。米国州立大学の学長を、当時人口三千に足りなかった日本北辺の小都市へ招いて、十代の生徒がわずか二十四名という、いわば寺子屋のような学校の教頭に迎えようというのであるから、ずいぶん無茶な話である。

しかし、話を聞いたクラーク博士は、これを快諾した。彼は牧師ではなかったが、非常に信仰心の厚い人で、ミッショナリイ的な精神が、彼のエゾ島行きを決心させたのである。彼は二人の同僚を伴って、明治九年(一八七六年)の夏日本へきて、八月十四日の札幌農学校の開校式に臨んだ。

黒田長官は、札幌農学校創設の目的を、開拓に役だつ官吏の養成という点においた。しかし、クラーク博士は、そういう目的のために、数千マイルの旅をして、生徒二十四人の学校の教頭として赴任したのではなかった。