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ちゅうとう

偸盗

芥川 竜之介

線上閱讀芥川 竜之介《偸盗(ちゅうとう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 48,934 字 · 97 頁

青空文庫

が、阿濃は胎児が次郎の子だという事を、かたく心の中で信じている。そうして、自分の恋している次郎の子が、自分の腹にやどるのは、当然な事だと信じている。この楼の上で、ひとりさびしく寝るごとに、必ず夢に見るあの次郎が、親でなかったとしたならば、たれがこの子の親であろう。――阿濃は、この時、歌をうたいながら、遠い所を見るような目をして、蚊に刺されるのも知らずに、うつつながら夢を見た。人間の苦しみを忘れた、しかもまた人間の苦しみに色づけられた、うつくしく、いたましい夢である。(涙を知らないものの見る事ができる夢ではない。)そこでは、いっさいの悪が、眼底を払って、消えてしまう。が、人間の悲しみだけは、――空をみたしている月の光のように、大きな人間の悲しみだけは、やはりさびしくおごそかに残っている。……

なよや、末の松山

波も越えなむや

波も越えなむ

歌の声は、ともし火の光のように、次第に細りながら消えていった。そうして、それと共に、力のない呻吟の声が、暗を誘うごとく、かすかにもれ始めた。阿濃は、歌の半ばで、突然下腹に、鋭い疼痛を感じ出したのである。

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