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ちゅうとう
偸盗
線上閱讀芥川 竜之介《偸盗(ちゅうとう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 48,934 字 · 97 頁
と、たちまち一頭、血みどろの口をした黒犬が、すさまじくうなりながら、砂を巻いて鞍壺へ飛びあがった。とがった牙が、危うく次郎のひざへかかる。そのとたんに、太郎は、足をあげて、したたか栗毛の腹を蹴った。馬は、一声いななきながら、早くも尾を宙に振るう。――その尾の先をかすめながら、犬は、むなしく次郎の脛布を食いちぎって、うずまく獣の波の中へ、まっさかさまに落ちて行った。
が、次郎は、それをうつくしい夢のように、うっとりした目でながめていた。彼の目には、天も見えなければ、地も見えない。ただ、彼をいだいている兄の顔が、――半面に月の光をあびて、じっと行く手を見つめている兄の顔が、やさしく、おごそかに映っている。彼は、限りない安息が、おもむろに心を満たして来るのを感じた。母のひざを離れてから、何年にも感じた事のない、静かな、しかも力強い安息である。――
「にいさん。」
馬上にある事も忘れたように、次郎はその時、しかと兄をいだくと、うれしそうに微笑しながら、頬を紺の水干の胸にあてて、はらはらと涙を落としたのである。
半時ののち、人通りのない朱雀の大路を、二人は静かに馬を進めて行った。