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やつがたけのまじん

八ヶ嶽の魔神

国枝 史郎

線上閱讀国枝 史郎《八ヶ嶽の魔神(やつがたけのまじん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 160,664 字 · 323 頁

青空文庫

一人の女がその前を、御堂の方へ小走って行った。

武士がヒョロヒョロと前へ出た。居合い腰になった一瞬間、日の出ない灰色の空を切り、紫立って光る物があった。とたんに「キャッ」という女の悲鳴。首のない女の死骸が一つ、前のめりに転がった。ドクドクと流れる切り口からの血! 深紅の水溜りが地面へ出来た。

だが斬り手の武士は、公孫樹の幹をゆるやかに廻り、雷門の方へ歩いて行った。鳩の啼き声、賽銭の音、何んの変ったこともない。

両国橋の真ん中で、斬り仆された武士があった。

笠森の茶店の牀几の上で、脇腹を突かれた女房があった。

千住の遊廓では嫖客が、日本橋の往来では商家の手代が、下谷池之端では老人の易者が、深川木場では荷揚げ人足が、本所回向院では僧が殺された。

江戸は――大袈裟な形容をすれば、恐怖時代を現じ出した。

南北町奉行が大いに周章てて、与力同心岡っ引が、クルクル江戸中を廻り出した。

どうやら物盗りでもなさそうであり、どうやら意趣斬りでもなさそうであり、云い得べくんば狂人の刃傷、……こんなように思われるこの事件は、有司にとっては苦手であった。

で容易に目付からなかった。