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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

線上閱讀国枝 史郎《前記天満焼(ぜんきてんまやけ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 頁

青空文庫

のお妻だよ!」

またヒョロヒョロと歩き出し、部屋をグルグル廻り出した。

同じこの夜のことである。

「一体どうしたのでございましょう、こんな夜が更けたのに、兄さんがお帰りにならないとは」

こういう娘の声がした。清浄であどけないその中に、憂いを含んだ声である。

すぐ老人の声がした。

「源三郎にも困ったものだ。悪い友だちが出来たらしい。碌でもない所へ行くらしい」

ここは浅草の蔵前通りの、富豪加賀屋の奥座敷である。

源三郎の父の源右衛門と、源三郎の妹のお品とが、源三郎の身の上を案じ、寝もせず噂をしているのであった。

するとその時足音がして、襖の陰で止まったが、

「大旦那様、大旦那様」

こう呼ぶ不安そうな声がした。

「長吉どんかい、何か用かい」

「心配のことが出来ました」

「入っておいでな、どんな事だい?」

襖を開けて顔を出したのは、長吉という手代であった。

「町役人の方がおいでになり、お目にかかりたいと申しております」

ところが同じこの夜のこと、旅装凜々しい一人の武士が、端艇で海上を親船から、霊岸島まで駛らせて来た。

「御苦労」と水夫へ挨拶をして岸へ上るとその侍は、あたかも人目を忍ぶように、佐賀町河岸までやって来た。