輕讀日語

輕鬆讀懂日語經典作品

ja-reading.com

輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。

てつがくにゅうもん

哲学入門

三木 清

線上閱讀三木 清《哲学入門(てつがくにゅうもん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 110,592 字 · 219 頁

青空文庫

経験は客観的なものを意味し、自己が実際に出会うもの、客観的に与えられたものが経験である。しかし他方経験はつねに主体に関係付けて理解される、経験は経験するものの経験であり、経験する主体を離れて経験はない。経験論が経験を主観的なものと考えるに至ったのも、それに依るのである。ただ経験論は、この主体を単なる意識と考えることによって経験を心理的なものとしたばかりでなく、更にその意識を単に受動的なものと考えた。しかも実は、単に受動的であっては客観性に達することも不可能であったのである。経験は主体と環境との関係として行為の立場から捉えられねばならぬ。感覚も身体的な行為的自己の尖端として重要性をもっているのであり、感覚にも能動的なところがある。尤も、行為といっても単に能動的であるのではなく、環境の刺戟に対する反応として環境から規定されている。けれども反応することは我々の能動性に属している。即ち経験は受動性であると同時に能動性である。我々の行為はただ或る意味においてのみ環境の刺戟によって惹き起されるに過ぎぬ、なぜなら我々の活動そのものが我々の活動を惹き起す環境を作り出すことを助けるのであるから。