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きつえんよんじゅうねん
喫煙四十年
寺田 寅彦
線上閱讀寺田 寅彦《喫煙四十年(きつえんよんじゅうねん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 8,500 字 · 17 頁
閑で退屈してのむ煙草の味はやはり空虚なような気がする。
煙草の「味」とは云うもの、これは明らかに純粋な味覚でもなく、そうかと云って普通の嗅覚でもない。舌や口蓋や鼻腔粘膜などよりももっと奥の方の咽喉の感覚で謂わば煙覚とでも名づくべきもののような気がする。そうするとこれは普通にいわゆる五官の外の第六官に数えるべきものかもしれない。してみると煙草をのまない人はのむ人に比べて一官分だけの感覚を棄権している訳で、眼の明いているのに目隠しをしているようなことになるのかもしれない。
それはとにかく煙草をのまぬ人は喫煙者に同情がないということだけはたしかである。図書室などで喫煙を禁じるのは、喫煙家にとっては読書を禁じられると同等の効果を生じる。
先年胃をわずらった時に医者から煙草を止めた方がいいと云われた。「煙草も吸わないで生きていたってつまらないから止さない」と云ったら、「乱暴なことを云う男だ」と云って笑われた。もしあの時に煙草を止めていたら胃の方はたしかによくなったかもしれないが、その代りにとうに死んでしまったかもしれないという気がする。何故だか理由は分らないが唯そんな気がするのである。