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ゆうもやのなか
夕靄の中
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《夕靄の中(ゆうもやのなか)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,522 字 · 19 頁
――どうしようというんだ。
彼はごく自然に、片手をそっとふところへ入れた。指のささくれが痛んだ。そのときうしろで、その人間の動くけはいがした。彼の手は短刀を掴んだ。
「――あのう、失礼でございますが」
躇いがちに、女の声でこう云った。振返ってみると、五十歳ばかりの女が、そこにいた。彼は立ちあがって、ぼんやり黙礼しながら、ずっと向うの、墓石の蔭に、あの男がいるのをちらと認めた。
「わざわざおまいり下さいまして、有難うございます、越後屋さんのお店の方でいらっしゃいますか」
「ええ……そうです」
彼は眼を伏せる。彼女は痩せていて、顔色が悪い、黒っぽい着物を着た躯も、しなびたように小さく、髪毛には白いものが多かった。阿迦桶の中に花があり、片手に持った線香から煙が立っていた。
――うまくやれ、めと出るかもしれないぞ。
あの男が見ている。絶好の機会だ。
「ああ、これはどうも」
彼は自分が墓の前を塞いでいることに気づいて、愁いに囚われた者のように、頭を垂れながら、そっと脇へ身をよけた。
老女は礼を述べて、墓の前へ進んだ。彼のあげたもので竹筒は塞がっている、まだ柔らかい盛り土を掘って線香の束を立て、花は彼の供えたのと並べて置いた。