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おくのうみ
奥の海
久生 十蘭
線上閱讀久生 十蘭《奥の海(おくのうみ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,005 字 · 26 頁
所司代の手付、掛川藩の士はすれっからしが多いので、やっかみ半分にいろいろなことをいう。
「金十郎、ここへ来い。早いとこをやったな。ときに、どんなようすだったえ。隠すことはない、わしにもおぼえがあるのだ。几帳の陰から見つめられ、それでコロリと落っこちたか」
「ははっ」
「それが、たいへんなまちがい。わしも感ちがいをして眼の色を変えたが、後々に、ありようが知れたよ。お娘たちは、ああいう窮屈な世界にいて、半年も前から江戸の土産を待ちこがれている。几帳の陰から嘱目しているのは、わしではなくて、わしの前にある土産のことだったのだわい……。
一口に歌手蹟マラというが、公卿どもは、和歌と書道と女色のほか、楽しみがないゆえ、うようよと子供ばかりこしらえおる。知嘉というのは、何十人目の姫か知らぬが、烏丸では相手が悪い。可哀想な、おのしも、しっかりハタリとられるこったろうよ」
烏丸中納言は奇人の聞えの高いお公卿で、毎年四月、日光例幣使の副使として、往きは中仙道、帰りは江戸をまわって東海道を通るが、両便と泊りのほか、いつも横になって眠っているので、名所はもとより、いまもって宿駅の名も知らない。