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たぬきじる

完本 たぬき汁

佐藤 垢石

線上閱讀佐藤 垢石《完本 たぬき汁(たぬきじる)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 133,158 字 · 273 頁

青空文庫

特に、膾の醤油に姫柚子の一滴を加えれば、その酸味に絶讃の嘆を放ちたくなるのである。

姫柚子といえば、この初秋鎌倉の釣友を訪ねたとき、夕餐の膳を飾るちり鍋に添えて、緑の色深い姫柚子が数粒、小皿の上にあった。私は、それをなつかしく眺めた。

寒国である私の故郷は、柑橘類に恵まれていなかった。姫柚子など、あろうはずがないけれど、私は姫柚子の味に永い間親しんできたのである。それは、私に四国の阿波の国に友人があって、そこから毎年初秋になると送ってきた。私は、湯豆腐にちり鍋に、この姫柚子の調味を配して、遠い国にある友の心を偲んだのである。

姫柚子は、西国の特産である。四国、九州、紀州などのほかに絶えて見ぬのであるけれど、これはどこから到来したのであるかと鎌倉の釣友に問うたところ、やはり讃岐の友から送って貰ったのであると答えた。そこで私は、阿波の国の友人の身の上を思って、なつかしさが一入であった。友はいま、故郷を離れ南支へ赴いて働いている。そのために、ここ一両年は姫柚子に接しなかったのである。久し振りに、四国の友に会う思いがした。

ちり鍋の材料は、大きなほうぼう一尾、槍烏賊三杯、白菜、根深、細切りの蒟蒻などであったが、これは決して贅を尽くした魚菜とはいえまい。