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ふじについて

富士に就いて

太宰 治

線上閱讀太宰 治《富士に就いて(ふじについて)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 1,088 字 · 3 頁

青空文庫

甲州の御坂峠の頂上に、天下茶屋という、ささやかな茶店がある。私は、九月の十三日から、この茶店の二階を借りて少しずつ、まずしい仕事をすすめている。この茶店の人たちは、親切である。私は、当分、ここにいて、仕事にはげむつもりである。

天下茶屋、正しくは、天下一茶屋というのだそうである。すぐちかくのトンネルの入口にも「天下第一」という大文字が彫り込まれていて、安達謙蔵、と署名されてある。この辺のながめは、天下第一である、という意味なのであろう。ここへ茶店を建てるときにも、ずいぶん烈しい競争があったと聞いている。東京からの遊覧の客も、必ずここで一休みする。バスから降りて、まず崖の上から立小便して、それから、ああいいながめだ、と讃嘆の声を放つのである。

遊覧客たちの、そんな嘆声に接して、私は二階で仕事がくるしく、ごろり寝ころんだまま、その天下第一のながめを、横目で見るのだ。富士が、手に取るように近く見えて、河口湖が、その足下に冷く白くひろがっている。なんということもない。私は、かぶりを振って溜息を吐く。これも私の、無風流のせいであろうか。

私は、この風景を、拒否している。