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ちいさなできごと
小さな出来事
寺田 寅彦
線上閱讀寺田 寅彦《小さな出来事(ちいさなできごと)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 頁
というのである。どういうところから出た伝説だか、あるいは才女の空想から生み出された事だか、とにかく現代人の思いも付かないような事を考えたものである。しかしこの清少納言のオーソリティが九百年もそのままに保存されて来たとすると、自然界に対する日本人の知識がいかに長い間平和安穏であったかという事を物語っている。
その後も二階へ上がる度に気をつけて見ると、簑虫の数は一つや二つではない。大小さまざまのが少なくも七つ八つは居るらしい。長い棒の付いたのはまだ外にも居た。中にはちょうど一本足の案山子に似たのもある。あるいは二本の長い棒を横たえた武士のようなのも居る。皆大概はじっとしているが、午頃には時々活動しているのを見受ける。彼等にも一定の労働時間や食事の時間があるのかと思ったりした。ある時大きなのがちょうど紅葉の葉を食っているところを見付けたが、頭をさしのべて高いところの葉を引き曲げ蚕が桑を食うと同じようにして片はしから貪り食うていた。近辺の葉はもうだいぶ喰い荒されているのであった。こんなところを見ているうちに簑虫に対する自分の心持はだんだんに変って来た。そして虫の生活が次第に人間に近く見えて来ると同時に、色々の詩的な幻覚は片端から消えて行った。