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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

線上閱讀谷崎 潤一郎《少将滋幹の母(しょうしょうしげもとのはは)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 頁

青空文庫

母のようにみめかたちのすぐれた人は稀であると云うことは、女房たちが噂するのを聞いて知っていたので、うつくしいと云うのはこう云う顔のことなのかと思ってはいたが、ほんとうにそうと得心が行っていたのではなかった。たゞ母の衣には、何と云うものか特別に甘い匂のする香が薫きしめてあったので、じっと無言で抱きしめられている間が好い気持であった。そして家に帰ってからも、なお二三日はその移り香が頬や掌や袂などに沁み着いていたので、母が自分の身に附き添うているように思えた。

幼年の彼が母をほんとうに美しいと感じたのは、あの、平中に掴まえられて腕に歌を書かれた時のことであった。あれは渡殿の軒に近く紅梅が綻びていたことを思うと、或る春の日のことであったのは間違いないが、彼が西の対屋の簀子のところで、二三人の女童を相手に遊んでいると、大人の男がニコ/\しながら傍へ寄って来て、

「もし、………もうお母さまにお会いになったんですか」

と、そう云って彼の肩へ手を置いたので、滋幹は、

「まだ、………」

と云おうとしたけれども、そんなことを云ってよいかどうか分らないので、黙ってその大人の顔を見上げた。