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あるおんなのしょうがい
嵐・ある女の生涯
島崎 藤村
線上閱讀島崎 藤村《嵐・ある女の生涯(あるおんなのしょうがい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 47,846 字 · 96 頁
お三輪はその音を聞きながら、東京の方にいる新七のために着物を縫った。亡くなった母のことが頻りに恋しく思い出されるのも、そういう時だ。お三輪はあの母の晩年に言ったこと為たことなぞをいろいろと思い出すようになったほど、自分も同じように年をとったかと思った。母はなかなかきかない気象の婦人であったから、存命中は婿養子との折合も好くなく、とかく家庭に風波の絶間もなかったが、それだけ一方にはしゃんとしたところを持っていた。お三輪が娘時分に朝寝の枕もとへ来て、一声で床を離れなかったら、さっさと蒲団を片付けてしまわれるほど厳しい育て方をされたのも母だ。そういう母が同じ浦和生れの父を助けて小竹の店を持つ前に、しばらく日本橋石町の御隠居さんの家に勤めていた頃は、朝も暗いうちに起き、夜が明けてから髪なぞを結ったためしは殆んどなかったという。そして御隠居さんの寝間の障子を細目にあけ、敷居のところに手をついて、毎朝の御機嫌を伺ったものだという。年若い頃のお三輪に、三年の茶の道と、三味線や踊りの芸を仕込んでくれたのも母だ。財産も、店の品物も、着物も、道具も――一切のものを失った今となって見ると、年老いたお三輪が自分の心を支える唯一つの柱と頼むものは、あの生みの母より外になかった。