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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《幻の彼方(まぼろしのかなた)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 頁

青空文庫

それが細長い首の上にのっかっていた。その下の方に、レントゲンで見るような骨ばかりの細い手が、何かを抱いてる格好に組み合されていた。抱かれてるのは大きく張り出した腹部だった。――その全体の姿が、じっと室の中を覗き込んでいた。

「おかしいわね。彼処にもあなたが坐ってる。」

「え!」

順造はまたぞっとした。瞬間に、硝子の人影は首を横にねじ向けた。

「いや! 二つになっちゃ。」

秋子が彼の方をじっと見ていた。

彼は漸く我に返った。彼が見たのは秋子の影で、秋子が見たのは彼の影だった。と分りはしたが、そのことが変に気にかかった。

彼は立ち上って、電気の位置を変えた。

「これでもう、二つになることはないよ。」

いやに真剣な気持になっていった。

「何だか薄暗いようじゃないの。」と彼女は云った。それから一寸間を置いた。「息苦しいから、戸を開けて下さらない?」

彼は彼女の手を執った。冷たい手だった。

「だってまだ夜じゃないか。」

「まだ夜は明けないの?」

彼はじっとして居れなかった。そんな筈はないけれど、夜明けかも知れないという気がした。そして立ち上りかけた。

その時、恐ろしい音が起った。