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ようねんじだい

幼年時代・晩夏

堀 辰雄

線上閱讀堀 辰雄《幼年時代・晩夏(ようねんじだい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 85,965 字 · 169 頁

青空文庫

六

私の母を知っていた人達は、母のことを随分しっかりした人で、あんなに負けず嫌いで、勝気な人はなかったと一様に言う。なんでもおじいさんが死んでからまもなく、若い母は夜店などを出して何かをひさいだりしたこともあったという話を、まだ私の小さかったとき母自身の口から何かの折にきいたことのあったのを、私はうっすらと覚えている。

母のいもうとの中には、茶屋奉公に出ていたものもいる。芸者になって、きん朝さんという落語家に嫁いだものもいる。それから一番末の弟はとうとう自分から好きで落語家になってしまった。しかし、それらの人達はみんな早世してしまって、いまは亡い。……

私はそういう母の一家の消長のなかに、江戸の古い町家のあわれな末路の一つを見いだし、何か自分の生い立ちにも一抹の云いしれず暗い翳のかかっているのを感ずるが、しかしそれはそれだけのことである、――もしそういうものが私の心をすこしでも傷ましむるとすれば、それは私の母をなつかしむ情の一つのあらわれに過ぎないであろう。

六

土手下で小さな煙草店をやっていた私の母が、その店を廃めて、小梅の父のところに片づいたのは、私が四つか五つのときだったらしい。