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おんをかえすはなし

恩を返す話

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《恩を返す話(おんをかえすはなし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,018 字 · 19 頁

青空文庫

甚兵衛も惣八郎も、百石の加増を賜った。その日、殿中の廊下で甚兵衛は惣八郎に会った。惣八郎は晴々しい笑顔を見せながら、

「御同様に、おめでたいことでござる」といった。甚兵衛は、戦場で「良い兜でござる」と褒められた時と同じ程度の侮辱を味わった。

太平の日が始まる。

が、甚兵衛は、戦中と同じような緊張した心持で、報恩の機会を狙った。宿直を共にする夜などは、惣八郎の身に危難が迫る場合をいろいろに空想した。参勤の折は、道中の駅々にて、なんらかの事変の起るのを、それとなく待ったこともある。

しかし、惣八郎は無事息災であった。事変の起りやすい狩場などでも、彼は軽捷に立ち回って、怪我一つ負わなかった。その上に、忠利侯の覚えもよかった。

二、三年経つうちにも、機会が来ないので、彼は苛だった。彼は、自分で惣八郎を危難に陥れる機会を作ろうかとさえ考えた。しかしそれには、彼の心に強い反対があった。彼はまた、恩を受けたという事実を忘れようかと、考えてみた。しかし、それが徒労であることはすぐ分かった。家中の若者が一座して、武辺の話が出る時は、必ず島原一揆から例を引いた。ことに、慶長元和の古武者が死んで行くに従って、島原で手に合うた者が、実戦者としての尊敬をほしいままにするようになった。