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あくにんのむすめ

悪人の娘

野村 胡堂

線上閱讀野村 胡堂《悪人の娘(あくにんのむすめ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,405 字 · 27 頁

青空文庫

一

一

「お願いで御座いますが…………」

振り返って見ると、同じ欄干にもたれた、乞食体の中年の男、鳴海司郎の顔を下から見上げて、こう丁寧に申します。

春の夜の厩橋の上、更けたという程ではありませんが、妙に人足が疎らで、風体の悪い人間に声をかけられると、ツイぞっとするような心淋しい晩です。

見ると、人品骨格満更の乞食とも思えませんが、お釜帽の穴のあいたのを目深に、念入のボロを引っかけて、片足は鼠色になった繃帯で包み、本当の片輪かどうかはわかりませんが、怪し気な松葉杖などを突っ張って居ります。

時も時、場所も場所、「煙草をくれ」か、精々「電車賃をくれ」ぐらい、よくある術だと思い乍ら、鳴海司郎はかくしへ手を入れて、軽くなった財布を引出そうとすると、

「イエイエ、お金を頂き度いと申すのでは御座いません。お願いですから私の傍から少し離れて、向うの方を向いたまま、私と全く関係の無いような様子で、私の申すことを聞いて頂き度いのです」

乞食にしては言葉が上品で、それに言う事がヒドク変って居ります。好奇心の旺んな若い男でもなければこんな突飛な申出を、素直に聴かれるものではありませんが、鳴海司郎、幸にして年も若く、その上独り者で金こそありませんが、好奇心ならフンダンに持ち合せて居ります。