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じょういのかんまん

情意の干満

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《情意の干満(じょういのかんまん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 2,599 字 · 6 頁

青空文庫

海の潮にも似たる干満を、私は自分の情意に感ずる。

*

書物を読み、絵画を見、音楽を聴き、人の話に耳を傾け……而もそれが如何に平凡なものであろうとも、一つの句、一つの色、一つの音、一つの声が、全体の凡庸愚劣卑俗から遊離し昇華して、私の心を打つ。私には全体の見通しがつかず、独立した個々の一部が、偉大なる天才の手に委ねられて、万華鏡の硝子の破片のように――ダイヤのように――閃めく。言葉を信ずべからず、如何なる人の口より発せられたるかを先ず批判せよ、とは真理であるが、ここにはその真理は成り立たない。凡てが誠実の口から発せられる。私の魂は皮膚を剥がれた赤肌である。私は屡々涙ぐんでいる自分をさえ見出す。こういう時私は、批評家ではない。唾棄すべきものをも感嘆するからである。猶更、創作家ではない。反故以下のものをも書きちらすからである。こういう時私は、生活を考えてはいけない。皮相な妥協に甘んずるからである。猶更、社会を考えてはいけない。感傷的な人道主義に陥るからである。私の凡ての精神活動は涙で曇らされる。この涙の曇りを、私はルーソーに見出す。ドストエフスキーに見出す。