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あいとにんしきとのしゅっぱつ
愛と認識との出発
倉田 百三
線上閱讀倉田 百三《愛と認識との出発(あいとにんしきとのしゅっぱつ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 64,420 字 · 129 頁
しかしその声に応じて縋りつくものが欲しいではありませぬか」
「縋りたいという意識の生じ得ない刹那がいっそう高い。とにかく人間の現象のなかでは驚きということがいちばん高いなあ」
私は口を緘してじっと考えた。明け放した障子の間から吹き込む夜風はまたしても蚊帳の裾を翻した。突然柱時計が鳴り始めた。重い、鈍い音である。数は三つであった。
今宵は形而上学的な友である。ランプの黄ばんだ光は室をぼんやり照らしている。本箱には金文字の背を揃えた哲学書が行儀正しく並んでいる。ガラス瓶に插した睡蓮の花はその繊い、長い茎の上に首を傾けて上品に薫っている。その直後にデカルトの石膏像が立ってる。この哲人はもっともらしい顔をして今にも Cogito ergo sum といい出しそうである。
私は読むともなしに卒業前後の日記を読んだ。そしてしばらくの間過去の淡い、甘い悲哀の内を彷徨していた。うっちゃるごとく日記を閉じて目をそらしたとき、ああ君が恋しいとつくづく思った。そして発作のごとく筆を執った。しかしこの頃のやや荒廃した心で何が書けよう。ただただ君が恋しい。これ以外には書くべき文字がみつからない。