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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《或る女の手記(あるおんなのしゅき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 頁

青空文庫

あの痩せた骨ばかりの手で、今にも両肩を捉えられそうな気がした。どうすることも出来なかった。ありったけの力を出して駈け出してしまったけれども、七八歩走ると、息がはずんで立ち止った。もう彼がすぐ後ろに迫ってるような気がした。私はしいて反抗するつもりで、急に後ろを向き返った。すると……其処には誰も居なかった。寂しい通りが朝日を受けてるきりで、お寺の前にも人の気配さえなかった。私は変に何かが――彼ではない――何かが恐ろしくなった。胸が高く動悸していた。

その日私は、そのまま家に帰って、気分が悪いと義姉さんに云って、学校を休んでしまった。終日、悪夢の後のようにぼんやりしていた。

それから私は出来るだけ、お寺の前を通らないことにした。通るのが少くなっただけに、彼の姿を見ることも少くなった。そしてるうちに忙しい試験期日となった。試験がすみ、夏休みになって、播磨の故郷へ帰る前、私は或る日の朝、お寺の前へ行ってみた。何のために行ったのか、私は覚えていない。恐らくその時でさえ、何故かというはっきりした理由は持っていなかったのであろう。

お寺の中はひっそりとしていた。