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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

線上閱讀甲賀 三郎《支倉事件(はせくらじけん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 頁

青空文庫

筆者はその後の彼女の消息は杳として知らないけれども、誰か起って彼女を責めるものがあろうか。両親の勧むるまゝに前科ある人とは知らで嫁した夫は、一子を儲けると忽ち拘引せられて、忌わしい殺人罪で死刑を宣告せられた。彼は冤罪を叫んで控訴したが、家には一銭の貯えもない、空閨数年いかでか守り卒えるべき。獄中に呻吟する夫を振り捨て、他に頼るべき人を求めたのは、薄情と云わば云え、又止むを得ない事ではなかろうか。筆者は薄幸なりし彼女の半生に一掬の涙を濺ぐに止まって、敢て彼女を責めようとはせぬ。

さわれ、取残された獄中の支倉は、唯一の頼みの綱を断ち切られて前途に全く希望なき身となった。深夜幾度か獄窓に凭れて男泣きに泣いた事であろう。

彼は妻の責め問われるのに忍びずして、遂に神楽坂署で自白した。妻子の将来は心配するなと云った、署員の言葉を深く信じたのだと云う。そうして妻子の生活の資にと思った家屋が差押えられて、彼等が忽ち路頭に迷わねばならぬ事を知った時が、思えば悪化の最初であった。今妻に見放されて、一朝にして恩愛の絆は断たれ、僅に能勢弁護士、木藤大尉の厚き同情があるとは云え、孤立無援、天涯孤客となった。