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ぶんげいのてつがくてききそ

文芸の哲学的基礎

夏目 漱石

線上閱讀夏目 漱石《文芸の哲学的基礎(ぶんげいのてつがくてききそ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 49,519 字 · 98 頁

青空文庫

しかしこの条件を成立せしむるためには真に対して起す情緒が強烈で、他の理想を忘れ得るほどに、うまく発揮されなくてはならん訳であります。今の作物にこれだけの仕事ができているかが疑問であります。

あまり議論が抽象的になりますから、実例について少々自分の考えを述べて見ましょう。ここに贋の唖が一人あるとします。何か不審の件があって警察へ拘引される。尋問に答えるのが不利益だと悟って、いよいよ唖の真似をする。警官もやむをえず、そのまま繋留しておくと、翌朝になって、唖は大変腹が減って来た。始めは唖だから黙って辛抱したが、とうとう堪えられなくなって、飯を食わしてくれろと大きな声を出すと云う筋をかいたら、どんなものでしょう。面白い小説になる、ならんの手際は、問題として、とにかくある境遇における、ある男について、一種の真をあらわす事はできる。面白味はそこにあるでしょう。しかしこれだけでは美な所も、善な所も、また荘厳な所も無論ない。すなわち真以外の理想は毫も含んでおらんのです。そこが疵かと云うと私はそうは認めません。と云うものは他の理想を含んでおらんと云うまでで、毫もこれを害してはおりません。