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ぶんげいのてつがくてききそ

文芸の哲学的基礎

夏目 漱石

線上閱讀夏目 漱石《文芸の哲学的基礎(ぶんげいのてつがくてききそ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 49,519 字 · 98 頁

青空文庫

したがって真に対する面白味を感ずるのみで、他の理想はことごとく抽出して読み終る事が出来得るからであります。

次にこんな事を書いたら、どうなりましょう。一人の乞食がいる。諸所放浪しているうちに、或日、或時、或村へ差しかかると、しきりに腹が減る。幸ひっそりとした一構えに、人の気はいもない様子を見届けて、麺麭と葡萄酒を盗み出して、口腹の慾を充分充たした上、村外れへ出ると、眠くなって、うとうとしている所へ、村の女が通りかかる。腹が張って、酒の気が廻って、当分の間ほかの慾がなくなった乞食は、女を見るや否や急に獣慾を遂行する。――この話しはモーパッサンの書いたものにあるそうですが、私は読んだ事がありません。私にこの話をして聞かした人はしきりに面白いと云っていました。なるほど面白いでしょう。しかしその面白いと云うのは、やはりある境遇にあるものが、ある境遇に移ると、それ相応な事をやると云う真相を、臆面なく書いた所にあるのでしょう。しかしこの面白味は、前の唖の話と違って、ただ真を発揮したばかりではない。他の理想を打ち壊しています。その打ち壊された理想を全然忘れない以上は、せっかくの面白味は打ち消されてしまうから役に立たんのみか、他の理想を主にする人からさんざんに悪口される場合が多いだろうと思います。