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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

線上閱讀林 芙美子《新版 放浪記(しんぱん ほうろうき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 頁

青空文庫

「一寸起きてますか?」

もう十時頃だろうか、隣のシンガーミシンさんが帰って来たらしい。

「ええまだねむれないでいます。」

「一寸! 大変よ!」

「どうしたんです。」

「呑気ねッ、階下じゃ、あの男と一緒に蚊帳の中へはいって眠っててよ。」

シンガーミシン嬢は、まるで自分の恋人でも取られたように、眼をギロギロさせて、私の蚊帳にはいって来た。いつもミシンの唄に明け暮れしている平和な彼女が、私の部屋になんかめったにはいって来ない行儀のいい彼女が、断りもしないで私の蚊帳へそっともぐり込んで来るのだ。そして大きい息をついて、畳にじっと耳をつけている。

「随分人をなめているわね、旦那さんがかえって来たら皆云ってやるから、私よか十も下なくせに、ませてるわね……」

ガードを省線が、滝のような音をたてて走った。一度も縁づいた事のない彼女が、嫉妬がましい息づかいで、まるで夢遊病者のような変な狂態を演じようとしている。

「兄さんかも知れなくってよ。」

「兄さんだって、一ツ蚊帳には寝ないや。」

私は何だか淋しく、血のようなものが胸に込み上げて来た。

「眼が痛いから電気を消しますよ。」と云うと、彼女はフンゼンとして沈黙って出て行った。