輕鬆讀懂日語經典作品
ja-reading.com
輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。
にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
線上閱讀和辻 哲郎《日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 頁
この世界の空想を基調と見ずしては、『竹取物語』は正当に鑑賞されることがあるまい。
右の観察によって『竹取物語』がお伽噺と見るべきものであることは明らかだと思う。それとともに我々は、平安朝の日本人の空想が、――ひいては日本人の空想が、――いかに飛力の弱いものであるかをも省みさせられる。たとえば『千一夜の物語』を『竹取』と比較して見れば、そこに働く空想には、熱帯に咲く色彩強烈な花と、しおらしく愛らしくまた淡々たる秋草の花との相違がある。しかしまたこの淡々しさのゆえに、お伽噺としてのこの作の美しさが一つの特殊なものとなっている。はなはだ唐突な連想ではあるが、自分はこの作にメーテルリンクの『タンタジールの死』や『聖者』と相通う或るものを感ずる。世界はお伽噺の世界でありながら、そこにより多く象徴的な美しさが感ぜられるのである。人の手の及び難い世界と、人力のはかなさ。天上の永遠の美しさと、人間の醜さ。この対照は確かにこの作の根本の動機と言える。もとよりここにはあの近代的な戯曲にあらわれたような神秘的な緊張もなければ、痛烈な諷刺もない。姫を奪い行く不可抗の力とタンタジールを奪い行く不可抗の力とは、描写の上でも意味の上でも全然別物である。