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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
線上閱讀和辻 哲郎《日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 頁
この伝説を捕えて道元は次のごとく言っている、――正伝なきともがらは、この四人の弟子の解するところに親疎あるによって達磨の評言もまた皮、肉、骨、髄と深浅を区別するのだと考える。すなわち最も表面的な解を皮、やや深きを肉、さらに深きを骨、中心に徹したのを髄と評したのであって、慧可の不言の答えは見解すぐれたるがゆえに得髄の印を得たのだと解するのである。しかしながら、門人が祖師を得た際に、皮肉骨髄の差異あるゆえをもって、祖師を得ることそれ自身に深浅の別があると言えるであろうか。「祖師の身心は皮肉骨髄ともに祖師なり。髄はしたしく皮はうときにあらず。」達磨の皮を得るのは達磨の全体を得るのである。それは達磨の髄を得ることによって達磨の全体を得るのと何ら異なるところはない。もとより皮を得ることによって全体を得ると髄を得ることによって全体を得るとは、その形を異にするであろう。しかし、「たとひ見解に殊劣ありとも、祖道は得吾なるのみなり」。達磨の道の真意は汝吾を得たりというにある。従って四人の弟子のために言った言葉は、初めより同等であり一である。けれどもまた、達磨の評言が四人に対して同等であることは、直ちに四人の見解が同等であることを意味しはしない。