輕鬆讀懂日語經典作品
ja-reading.com
輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。
にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
線上閱讀和辻 哲郎《日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 頁
を考えずには、理解し得られないであろう。自分はここに厳密な様式伝統の束縛にかかわらず、なお芸術家が自由に働き得た「余地」を、発見し得ると思う。そうしてこの「余地」こそは、実はおのおのの国と時代の仏像を、その芸術的価値において根本的に規定するものである。
このことをここには主として仏像や菩薩像の相好について考えてみたいと思う。
自分の考察は、白鳳天平の仏菩薩像を眼中に置いて、これらの像の作者がいかなる人体の美を生かせて彼らの「仏」と「菩薩」とを創作したかについての、一つの落想から出発する。
ギリシアの流れを汲んだ西洋美術の写実的な美しさに親しんだ者には、仏像や菩薩像は多くの不自然と空虚の感じを与える。自分も十八歳の時、関野貞氏の日本美術史の講義に間接に刺激されて、初めて奈良の博物館を訪れ、痛切にそれを経験した。仏像のあの眉と目との異様な長さ、頬の空虚な豊かさ、二重顋、頸のくくれ、胴体の不自然な釣り合い、――それらは自分に多いか少ないか反撥を感じさせずにいなかった。ただ秋篠寺の伎芸天や興福寺の十大弟子のごとく不自然さの認められないものにおいてのみ、自分はこだわりなく没入し得たのであった。