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きゅうしゅじん

旧主人・芽生

島崎 藤村

線上閱讀島崎 藤村《旧主人・芽生(きゅうしゅじん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 149,813 字 · 302 頁

青空文庫

大波のように押寄る男女の雑沓(ざっとう)、子供の叫び声――とても巡査の力で制しきれるものでは有ません。「さあ、退(ど)いた、退いた」と、源は肩と肩との擦合(すれあ)う中へ割込んで、漸(やっと)のことで溜(たまり)へ参りますと、馬は悦(うれ)しそうに嘶(いなな)いて、大な首を源の身(からだ)へ擦付けました。

その日の競馬は五組に分れて、抽籤(くじびき)の結果、源は最後へ廻ることになっておりました。誰しもこの最後の勝負を予想する、贔顧(ひいき)々々につれて盛に賭(かけ)が行われる。わけても源の呼声は非常なもので、あそこでも藁草履、ここでも藁草履、源の得意は思いやられました。最初(のっけ)から四番目まで、湧くような歓呼の裡(うち)に勝負が定まって、さていよいよお鉢(はち)が廻って来ると、源は栗毛(くりげ)に跨(またが)って馬場へ出ました。御仮屋の北にあたる埒(らち)の際(きわ)に、源の家族が見物していたのですが、両親の顔も、叔母の顔も、若い妻の顔すらも、源の目には入りません。馬上から眺めると群集の視線は自己(おのれ)一人に注(あつま)る、とばかりで、乾燥(はしゃ)いだ高原の空気を呼吸する度(たび)に、源の胸の鼓動は波打つようになりました。