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つきのまつやま

月の松山

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《月の松山(つきのまつやま)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 20,451 字 · 41 頁

青空文庫

胸に大きな空洞があいて、そこを冷たい風が吹きぬけてゆくようである。彼はまた激しく喘ぎ、首を振って歩きだした。

――坪田へゆかなければならない。

頭の中でそう思いながら、孝也は反対のほうへ歩いた。形容し難いほど重い荷を背負っているような、危なっかしい歩きぶりである。冷たい膏汗が額からこめかみのほうへ、条になって流れた。

――坪田へゆかなければならない。

頭の中でまたそう思った。小泉村の坪田与兵衛のところへ、地境の事で話しにゆく筈であった。しかし彼は(そう思いながら)やっぱり小泉村とは反対のほうへ歩き続け、大渡橋を渡ると街道からそれて裏道へ曲った。

茂庭家の屋敷のある栂ノ庄村は、その裏道から「松山」を越してゆくのが近い。彼は松山への坂を登っていった。途中で三人ばかり農夫とゆき会い、農夫たちはかぶり物を脱って挨拶したが、孝也は常に似あわず挨拶も返さないし、殆んど眼もくれずに通り過ぎていった。――松山は高さ百尺ばかりのなだらかな丘陵で、その名のとおり松林で蔽われている。ずっと昔、そこになにがし氏の城砦があったといわれ、現在でも頂上に五段歩ほどの平地と、空濠の跡や、石畳に使ったらしい石などが残っていた。