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いなかがえり

林芙美子随筆集

林 芙美子

線上閱讀林 芙美子《林芙美子随筆集(いなかがえり)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 58,157 字 · 118 頁

青空文庫

私はもう一度差配の小さい玄関に立って、お爺さんは帰りましたかと聞いてみた。共同水道のような処で水を汲んでいたお婆さんが、「はい帰って参りました」と返事をしてくれたので、私は吻っとして路地を抜けた。雨あがりの寒い湿った日だから、あの家もあんなに陰気だったのだろうけれども、あんな差配だったら借りてもいいなと思った。

随分歩いた。足の先きがずきずきするし、黄昏でだいぶ腹がすいたので、音楽学校のそばをぽくぽく急ぎ足に歩くと、塀の中の校舎に灯火がはいって、どの窓からも練習曲が流れて来て、十二、三の子供たちの頭が沢山見える。

私は、角店になった大きな蕎麦屋へ這入った。蕎麦屋の中は黄昏でまだ灯火を入れていなかった。「いらっしゃアいッ」と大きな声でジャケツを着込んだ若い衆が迎えてくれたが、貸家や職を探して蕎麦屋に立寄る風景は、私の生活にたびたびあったように思えて、私は、自分の胸の中に、愕きとも淋しさとも苦笑ともつかないものを感じた。鍋焼を一つ頼んだ。熱い土鍋を両手ではさんで、かまぼこだの、ほうれん草だの、椎茸だのを一つ一つ愉しみに喰べた。全くの孤独で、私は自分で自分に腹を立てたりしたが、がらがらと戸があいて俥曳きが一人はいって来ると、私と背中合せにもりを一つあつらえて、美味そうに大きな音をたてて蕎麦をすすり始めた。