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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
線上閱讀島崎 藤村《桜の実の熟する時(さくらのみのじゅくするとき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 頁
この避けがたい、しかも偶然な邂逅は再び近づくまいと思う婦人に逢って了った。
繁子を載せた俥は丁度勾配の急な坂にかかって、右へ廻り、左へ廻り、崖の間の細い道を僅かばかりずつ動いて上って行った。
岡の上へ捨吉が出た頃は最早繁子の俥は見えなかった。その道は一方御殿山へ続き、一方は奥平の古い邸について迂回して高輪の通りへ続いている。その広い邸内を自由に通り抜けて行くことも出来る。捨吉は後の方の道を取った。
思いがけなくも繁子に遇った時の心地は彼女が見えなくなった後まで捨吉の胸を騒がせた。彼女を載せた俥が無言のままで背後を通過ぎて行ったことは、顔を見合せるにも勝り、挨拶するにも勝って一層ヒヤリとさせるものを残した。彼女の身を包んでいた、多分自分で編んだ、あの初夏らしい白い肩掛は深く鮮やかに彼の眼に残った。
葬り去りたい過去の記憶――出来る事なら、眼前の新緑が去年の古い朽葉を葬り隠す様に――それらのさまざまな記憶が堪らなくかれの胸に浮んだ。繁子のことにつれて、もう一人の婦人のことも連がって浮んで来た。丁度、繁子と同じ程の年配で、同じようにある学校で教えていた人だ。