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ばいしのつえ
梅颸の杖
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《梅颸の杖(ばいしのつえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 15,966 字 · 32 頁
『お、御苦労だった。頼先生、あれでございましょうな』
山陽は、心のうちで、大塩の勢力に驚嘆した。わずか二刻を過ぎぬまに、盗難に遭った杖は、居ながら自分の前に戻って来たのである。
駕を断って、大塩家の門から五六町ほど歩いて来ると、うす暗い屋敷塀の蔭から、
『三本木の旦那、三本木の先生』
と、旦那と先生を交ぜて呼びとめる男があった。
山陽が、立ちどまって待つと、
『先程は、とんだ御心配をおかけいたしました』
と、色の小白い、ちょっと笑靨のある男が、頬冠りをとって、三尺帯の尻を下ろした。
『先程というが、一向覚えがないな。誰だ、おまえは』
『きょう三十石船で、お隣りに坐っておりました、ごまの蠅でございます』
『ふウむ……それじゃ杖を盗んだのは、おまえか』
『へい、手前なんで』
と、にっこと笑う。
『では、ことによると、ずうと以前に、わしの母が広島から便船で参る途中、あとを尾けて来たのも、お前ではないのか』
『それから、八百長へ生のいい鯛と鱸をお届けいたしましたが、召し上っておくんなすったでしょうか』
『あれも貴様か』
『あっしです』
『何でそんな悪戯をしたのか』
『仲間の意地です。