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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁
そこで六郎兵衛をやりすごし、間あいを計って跟けて来た。これだけのことが、かなりはっきりと感じられたのである。斬るつもりか、それとも腕だめしか。いま尾行者は身を隠している。
――どっちだろう。
六郎兵衛は道の左右を見た。辻駕籠をひろうにはどちらへいったらいいかと、迷っているようなかたちだった。
彼はゆっくりと宇田川橋を渡った。道を左へはいると、伊達本家の中屋敷がある。そこは左右ともずっと武家屋敷だから、まだ宵のくちではあるが、灯も少ないし人どおりもなかった。
六郎兵衛はその道へはいっていった。尾行者は跟けて来た。伊達家の築地塀にかかり、門長屋の武者窓の灯が、ほのかな光を、道の上に投げていた。そこへ来たとき、「いまだ」と六郎兵衛は思った。彼の直感に紛れはなかった。それまでに間隔をちぢめて来た相手は、小砂利の路上をつつと詰め、低い、ちぎれるような掛声と共に、うしろから突っかけた。
的確な、みごとな突であった。六郎兵衛は相手の刀の切尖が、こちらの躯に当る刹那、燕の返るように身を転じた。刀は六郎兵衛の脇を――着物を貫き裂いたが、身を転じた六郎兵衛の手に、きらっと刀が光ったとき、相手は毬のように走りぬけて、敏速に向き直っていた。