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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁
――低いところから、水がしだいに土地を浸してゆくように、じりじりと、一分、二分ずつ、眼につかぬちからで、兵部はその手をひろげてゆく。
いま甲斐には、それが眼に見えるように思えた。
錠口には藤井という老女が待っていた。甲斐は立停った。どうやらそこで老女にひきつがれるらしい。とすれば、綱宗は奥にいるのであろう。表と奥の区別はひじょうに厳重だから、さすがに甲斐も少し迷った。
「どうぞ御遠慮なく」と備前が云った、「召されるのですからどうぞ」
老女も「こちらへ」と会釈をした。甲斐は錠口から、奥へとはいった。
綱宗は数寄屋にいた。
そばには三沢はつ女がい、五人の侍女が給仕に坐っていた。はつ女は綱宗と同じ年の二十一歳であるが、去年亀千代を産んでいるので、年よりはかなりふけてみえる。また、あとでわかったのだが、そのときは懐妊していたためだろう、しもぶくれの、おっとりした顔も、血色がよかったし、躯も健康そうに肥えていた。
「よく来た、さあ、これへ」綱宗は手で招いた、「おれは隠居だから、無用な辞儀はいらない、もっとこれへ寄れ、よく来てくれた、甲斐は酒がつよい、まず盃をやれ」