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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁

青空文庫

それで夕餉は外で喰べようと思い、又五郎が買い物にいったあと、なにも云わずに家を出た。彼が出たとき、隣りの家では、ちょうどお久米が帰って来たところで、格子をあけながら、新八のほうへ笑いかけた。

「あら、おでかけ」新八は「ええ」と頷いた。

「あなたのとこ、誰かお客さまらしいわね」

「移って来たんです」と新八は低い声で答えた。

「移って来て、いっしょに住むわけ」

「そうです」

お久米はへえ――といい、ふと思いついたように、「ちょっとお寄りなさいな」と云った。

「昨日みやちゃんが寄ってったわ、どこかお屋敷へ奉公にあがるんだって、あんた淋しいでしょ」

新八は赤くなった。お久米は彼が赤くなったのを見て、さらに「寄ってらっしゃい」と云った。

「あたしみやちゃんからあなたのこと頼まれたのよ、ほんとよ、隣りどうしだから面倒をみてあげてくれって、あたしあのひとみたようにいろんなこと上手じゃないけれど、でもあんたのお世話くらい大丈夫よ」

「ちょっと用がありますから」

「いいじゃないの、ねえ、寄ってらっしゃいよ」

お久米は首をかしげ、媚びた笑いをうかべながら、じっと新八の眼をみつめた。