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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁
「はい、おじさま」
そう云いかけて、宇乃ははっと、口を押えた。
「よしよし、おじさまでいい」甲斐は微笑した、「私が二人のおじさんになってやろう、虎之助、立ってこっちへおいで」
虎之助は姉を見た。
「宇乃もおいで、宇乃にはみせるものがある」
宇乃は弟の手を取って、立ちあがった。
甲斐は虎之助を抱いて立った。虎之助は躯をかたくして抱かれた。甲斐は高廊下へ出て左手を宇乃の肩にかけた。宇乃はぴくっとふるえた。甲斐は宇乃を静かにひきよせた。宇乃はやわらかくより添ったが、そのときまたぴくっとふるえた。
「向うに木が一本あるだろう、あの蘚苔の付いた石の右がわのところに」
「樅ノ木でございますか」
「樅ノ木だ、宇乃は知っているのか」
「はい、塩沢さまのおばさまに教えていただきました」
「そうか」と甲斐は頷いた、「それでは船岡から移したことも知っているね」
宇乃は「はい」と云った。
「私はあの木が好きだ」と甲斐は云った、「船岡にはあの木がたくさんある、樅だけで林になっている処もある、静かな、しんとした、なにもものを云わない木だ」
「木がものを云いますの」
「宇乃は知らないのか」宇乃は甲斐を見た、甲斐はその眼を見返しながら云った、「木はものを云うさ、木でも、石でも、こういう柱だの壁だの、屋根の鬼瓦だの、みんな古くなるとものを云う」