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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

線上閱讀下村 湖人《次郎物語(じろうものがたり)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 頁

青空文庫

そして、いよいよその時刻が来て、郵便物当番が塾堂の玄関に自転車をひき出して来たのを見ると、かれはもう、枝をおろすのを忘れて、何かにつかれたように、一心にそのほうに目をこらしていた。

(やっぱり、もう一度考えなおそう。)

自転車が動きだした瞬間、かれはそう決心した。そして、手をふりあげて郵便物当番の名を呼んだ。かれは思いきり大声をあげたつもりだった。しかし、その声は、咽の奥から何かの力で引きもどされたように、変なうなり声になっただけだった。郵便物当番は、むろん、ふり向きもしなかった。かれは、玄関をはなれると、くぬぎ林のまえの広場を斜めに、正門のほうに向かって自転車の速力をはやめた。

次郎には、もう一度、大声をあげてそれを呼びとめるいとまがなかった。いとまがなかったというよりも、心のゆとりがなかったといったほうが適当であった。かれは、気ぬけがしたように、ぽかんとしてそのあとを見おくっていた。そして、自転車が正門を出て見えなくなると、急にがくりと首をたれ、両腕で本の幹を抱いた。

いっさいは終わった。道江の問題に関するかぎり、いっさいは終わった。自分のとった方法が賢明であったにせよ、おろかであったにせよ、これでほんとうにいっさいは終わったのだ。