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すいがいざつろく

水害雑録

伊藤 左千夫

線上閱讀伊藤 左千夫《水害雑録(すいがいざつろく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,302 字 · 25 頁

青空文庫

一人は遊びに出て帰って来ないという。自分は蹶起して乳搾りに手をかさねばならぬ。天気がよければ家内らは運び来った濡れものの仕末に眼の廻るほど忙しい。

家浮沈の問題たる前途の考えも、措き難い目前の仕事に逐われてはそのままになる。見舞の手紙見舞の人、一々応答するのも一仕事である。水の家にも一日に数回見廻ることもある。夜は疲労して座に堪えなくなる。朝起きては、身の内の各部に疼痛倦怠を覚え、その業に堪え難き思いがするものの、常よりも快美に進む食事を取りつつひとたび草鞋を踏みしめて起つならば、自分の四肢は凛として振動するのである。

肉体に勇気が満ちてくれば、前途を考える悲観の観念もいつしか屏息して、愉快に奮闘ができるのは妙である。八人の児女があるという痛切な観念が、常に肉体を興奮せしめ、その苦痛を忘れしめるのか。

あるいは鎌倉武士以来の関東武士の蛮性が、今なお自分の骨髄に遺伝してしかるものか。

破壊後の生活は、総ての事が混乱している。思慮も考察も混乱している。精神の一張一緩ももとより混乱を免れない。

自分は一日大道を闊歩しつつ、突然として思い浮んだ。自分の反抗的奮闘の精力が、これだけ強堅であるならば、一切迷うことはいらない。