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すいごういぶん
水郷異聞
田中 貢太郎
線上閱讀田中 貢太郎《水郷異聞(すいごういぶん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 17,516 字 · 36 頁
「そうかね、空耳だったろうか」
省三はまた箸を動かしだしたが彼はもうおち着いたゆとりのある澄んだ心ではいられなかった。急に憂鬱になった彼の目の前には、頭髪の毛の数多ある頭を心持ち左へかしげる癖のある壮い女の顔がちらとしたように思われた。
「おかわりをつけましょうか」
省三は暗い顔をあげた。婢がお盆を眼の前へ出していた。彼は茶碗を出そうとして気が注いた。
「何杯目だろう」
「今度おつけしたら、三杯でございます」
「では、もう一杯やろうか」
省三は茶碗を出して飯をついで貰いながらまた箸を動かしはじめたが、膳の左隅の黒い椀がそのままになっているのに気が注いて蓋を除ってみた。それは鯉こくであった。彼はその椀を執って脂肪の浮いたその汁に口をつけた。それは旨いとろりとする味であった。……省三は乾いた咽喉をそれで潤していると、眼の前に青あおとした蘆の葉が一めんに見えて来た。そして、その蘆の葉の間に一条の水が見えて、前後して往く二三隻の小舟が白い帆を一ぱいに張って音もなく往きかけた。舵が少し狂うと舟は蘆の中へずれて往って青い葉が船縁にざらざらと音をたてた。微曇のした空から漏れている初夏の朝陽の光が微紅く帆を染めていた。