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かごつるべ

江戸情話集

岡本 綺堂

線上閱讀岡本 綺堂《江戸情話集(かごつるべ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 203,779 字 · 407 頁

青空文庫

自分のからだと籠釣瓶と、この二つしか残っていない彼は、どうしても籠釣瓶と別れを告げるよりほかに仕様はなかった。しかし彼は辛かった。籠釣瓶に別れるのは兄弟に別れるよりも辛かった。この長いものを横たえて野州に男を売った昔の花盛りを思い出すと、彼は悲しい秋が急に押し迫って来たように心さびしくなった。

町人や百姓に刀は不用だというが、おれは佐野の次郎左衛門である。刀はおれの魂であると、彼は平生から考えていた。八橋の意見について一旦は土臭い百姓に復ったものの、本来の野性は心の奥にいつまでも忍んでいた。彼はいかなる場合にも、この刀を身に着けているつもりであった。

今の次郎左衛門からどうしても引き放すことの出来ないものは、この籠釣瓶と八橋とであった。八橋は自分の命であった。籠釣瓶は自分の魂であった。どっちを離れても、自分というものはこの世に存在しないように思われた。どんなに落ちぶれても、どんなに行き詰まっても、彼はこの二つを手放したくなかった。たとい籠釣瓶を手放したところで、その金で一生を安楽に送られるという訳でもない。思い切ってこれを手放したところで、多寡が百両に足りない金を握るだけのことで、その金の尽きた時には八橋にも別れを告げなければならない。