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かごつるべ
江戸情話集
岡本 綺堂
線上閱讀岡本 綺堂《江戸情話集(かごつるべ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 203,779 字 · 407 頁
「まあ、どうしてそんな魔が魅したのでござりましょう」
学問も出来、武芸も出来、情け深いのは親譲りで、義理も堅く、道理もわきまえている殿様が、廓の遊女に武士のたましいを打ち込んで、お上の首尾を損じるなどとは、どう考えても思い付かないことであった。魔が魅したとでも言うよりほかはなかった。
しかし今となっては、誰の力でもどうすることも出来ないのは判り切っていた。小普請入りといっても、必ず一生涯とばかりは限らない。本人の身持ちが改まって確かに見どころがあると決まれば、またお召出しとなるかも知れないというのをせめてもの頼みにして、お時はお縫に泣いて別れた。
帰りぎわに用人の三左衛門にも逢った。彼は譜代の家来であった。五十以上の分別ありげな彼の顔にも、苦労の皺がきざんでいるのがありありと見えた。
「いろいろ御苦労がございますそうで……」と、お時は涙を拭きながら挨拶した。
「お察し下さい」
三左衛門はこう言ったばかりで、さすがに愚痴らしいことはなんにも口に出さなかったが、大家の用人として定めて目に余る苦労の重荷があろう。それを思うと、お時は胸がまたいっぱいになった。