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かごつるべ

江戸情話集

岡本 綺堂

線上閱讀岡本 綺堂《江戸情話集(かごつるべ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 203,779 字 · 407 頁

青空文庫

「座敷を勤めるのが悲しいか」と、強い声はやがて優し味を含んできこえた。「お前の名は何という」

「染と申します」

「お染か。して、今夜の客の誰かに馴染みか」

「いいえ」と、お染は怖ごわ答えた。「わたしは今夜が店出しでござります」

「突き出しか」と、男はいよいよ憫れむように言った。「うむ、それで泣くか。無理もない。今夜の花はおれが払ってやる。すぐに家へ帰れ」

涙がこぼれるほどに有難いとは思ったが、お染はその親切な指図にしたがう訳にはいかなかった。識らない客に花代を払わして、そのまま自分の家へ帰ってゆけば、主人に叱られるのは判り切っているので、彼女はその返答に躊躇していると、相手はそうした事情をよく知らないらしかった。

「お前は勤めの身でないか。花代さえ滞りなく貰って行ったら、誰も不足をいう者はあるまい。まだほかにむずかしい掟でもあるか」

「主人に叱られます」

「判らぬな。主人がなぜ叱る」

「江戸のお客さまを粗末にしたとて……」

男は悼ましそうに溜め息をついた。

「それで叱るか。よい、そんならお前が叱られぬように、おれが仲居を呼んでよく話してやる。心配するな」

いかに今夜が店出しでも、お染はもう勤めの女である以上、相手の男よりも色町の事情を承知していた。