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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

線上閱讀宮本 百合子《渋谷家の始祖(しぶやけのしそ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 頁

青空文庫

病気になった野良犬のように、舌を吐いて、苦しい空嘔(からえずき)をする正隆は、変に引吊った眼でそっぽを見据えながら、ただ生理的の苦痛以外の何物をも感じ得ないほど、疲憊してしまった。両手を、大きな、温い垣内の掌の中に握られながら、横坐りに足を投げ出した正隆は、妙な悪寒が、体中を嘗め廻すような不気味さを感じた。

それから、何秒経ったのか、何分経ったのか、或はまた幾日経過したのか。

俄に、はっきりと眼を見開いた正隆が、四辺(あたり)を眺め廻した時には、いつの間にか家に帰って、見馴れた調度に、とり繞れながら、床に就いていた。

世界が夜になっている。微細な、潤った夜の胞子の間を縫って、卵色の燈火が瞬いている。

何時の晩なのだろう。

正隆は丁度昼寝をし過した子供のような、間誤付を感じた。

何時の晩なのだろう、今日の晩なのか、それとも、もう明日の晩になったのだろうか、……水が飲みたい、喉が乾いた。

最後の一句を、漸く声に出して云うと、夜着の裾の方で、誰かがむずむずと動く気勢(けはい)がした、その瞬間、正隆は永年の習慣から、ふとそれが、切下げ髪の母未亡人であるような気がした。