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こすいとかれら
湖水と彼等
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《湖水と彼等(こすいとかれら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 頁
もう長い間の旅である――と、またもふと彼女は思う、四十年の過去をふり返って見ると茫として眼がかすむ。
顔を上げれば、向うまで深く湛えた湖水の面と青く研ぎ澄された空との間に、大きい銀杏の木が淋しく頼り無い郷愁を誘っている。知らない間に一日一日と黄色い葉が散ってゆく、そして今では最早なかば裸の姿も見せている。霜に痛んだ葉の数が次第に少くなることは、やがてこの湖畔の茶店を訪れる旅の客が少くなることであった。
冷かな秋の日の午後、とりとめもなく彼女が斯ういう思いに耽っている時、一人の青年が来て水際に出した腰掛の上に休んだ。
茶と菓子とを運んだ婢に昼食のあと片付けを云いつけて、彼女はまた漠然たる思いの影を追った。遠くより来る哀悠が湖水の面にひたひたと漣を立てている。で側の小さい聖書をとり上げてみた。見るともなしにちらと眼をやると、青年はじっと湖水の面を見つめている。
――われ爾が冷かにもあらず熱くもあらざることを爾の行為に由りて知れり我なんじが冷かなるか或は熱からんことを願う
こんな句が彼女の心に留った。一筋の雲影もない澄んだ空は、黄色を帯びた光線を深く一杯に含んでいた。